2012年 01月 23日
弁護士の落語家・忠海先生
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弁護士の忠海弘一さんは、OMOROのメンバーでの中でも異色の人だ。
趣味が広い。絵は描くし、写真は上手いし、武道も習いに行っていたようだし、三味線にも興味を持っているらしい。なかでも落語は、なかなかのものだ。船場亭茶弁という芸名がある。だから自分を客観的に観察することができ、どんな困難でも笑いに変えてしまうタフさがある。
ぼくも法学部に入学したのは弁護士になりたかったからだが、頭の悪さに気づかなかったけれど、弁護士の仕事はもめ事ばかりだということに気づいた。これではストレスを仕事にするみたいだと思い、卒業後は現代美術の世界で作品づくりに我を忘れていた。そのときから美術界に多くの友人ができた。
彼は現役で司法試験に合格すると検事になった。
転勤があるようで、各地の情報に詳しくなったという。
たぶん10年ほど続けたあと弁護士に転身したと思う。
当時は弁護士の数も少なく、各企業から顧問弁護士として声がかかった。
彼は優秀な弁護士だから多忙を極めたようだ。
今は弁護士の数が毎年1000人ずつ増え、新人も仕事がないけれど、
ベテランも厳しい状謡だが、彼はめげている様子はない。笑い飛ばしている。
だからいろんな意味で尊敬している人だ。また遊ぼうね。
【OMORO事務局 正光 力】
Copyright © Dec.15.1987-2012 OMORO All Rights Reserved.
趣味が広い。絵は描くし、写真は上手いし、武道も習いに行っていたようだし、三味線にも興味を持っているらしい。なかでも落語は、なかなかのものだ。船場亭茶弁という芸名がある。だから自分を客観的に観察することができ、どんな困難でも笑いに変えてしまうタフさがある。
ぼくも法学部に入学したのは弁護士になりたかったからだが、頭の悪さに気づかなかったけれど、弁護士の仕事はもめ事ばかりだということに気づいた。これではストレスを仕事にするみたいだと思い、卒業後は現代美術の世界で作品づくりに我を忘れていた。そのときから美術界に多くの友人ができた。
彼は現役で司法試験に合格すると検事になった。
転勤があるようで、各地の情報に詳しくなったという。
たぶん10年ほど続けたあと弁護士に転身したと思う。
当時は弁護士の数も少なく、各企業から顧問弁護士として声がかかった。
彼は優秀な弁護士だから多忙を極めたようだ。
今は弁護士の数が毎年1000人ずつ増え、新人も仕事がないけれど、
ベテランも厳しい状謡だが、彼はめげている様子はない。笑い飛ばしている。
だからいろんな意味で尊敬している人だ。また遊ぼうね。
【OMORO事務局 正光 力】
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by omoro-15
| 2012-01-23 13:50